まだ、刑事になったばかりのヒヨコ時代の話
めっちゃ仕事ができるけど、たまに、なにを考えているかわからない、厳しい上司がいた。ぼくは、どんなときもテキパキと仕事をこなす、その上司をとても尊敬していた。
このカッコいい上司に認められたい。ほめられたい。若さゆえの未熟さと単純さがぼくをはりきらせていた笑。
「臨場」という映画化もされた、横山秀夫原作の小説はご存知でしょうか?
警察は、ヒトが亡くなると事件性があるかどうかを捜査する。自然死でも病死でも、なぜ亡くなったか?死因がわからなけばそこに例外はありません。
事件性が認められれば、ケースバイケースですが、特別捜査本部などを立ち上げて、大掛かりに捜査を開始します。
現役当時、200体以上のご遺体を捜査した。
あるとき、家のなかでおばあちゃんが亡くなっている、との110番通報があった。ぼくは上司とともに何人かで臨場した。
亡くなったひとは、とても愛されていたんだろう。家には、連絡をうけた数人の親族があつまり、みんなボロボロ泣いていた。ぼくは遺族から話を聞くことになった。
遺族は、故人の生前のようすを嬉しそうに、悲しそうにボロボロ泣きながら話した。
こんな思い出があるとか、こんなことをしてくれたとか
「うんうん、そうなんですね」「ふむふむ・・・なるほど」
気がつくと、手元のメモに、水が滴り落ちて、ボールペンで書いた文字がにじんだ(雨?いやここは室内だ)自分の涙だった
捜査に感情移入はNG。わかっていたけど、涙腺が崩壊して止められなかった
「刑事さん・・・ありがとうございます。」
感情がたかぶっていた、そのときだった。
「やまざき!!!!」空気を切り裂くような、ドスの効いた声がぼくの耳に突き刺さった。ハッとして、声の方向を見ると無表情でぼくをみらみつける上司の顔がみえた。一瞬にして、涙はひっこみ、袖で急いで涙をふいた。
(ヤバい、怒らせてしまった・・・やってしまった・・・)自分の未熟さを心底呪った。
現場での処理がおわって車に乗りこみ、開口一番「捜査に感情をはさむな!」「感情にのまれると、判断をあやまる」「しっかりしろ!バカタレ!!」めちゃくちゃ怒られた・・・
「すいませんでした・・・(あぁ、やっちまったー)」
尊敬する上司の期待を裏切った、と胸が絶望感でうめつくされた。
すべての捜査をおえて事件性はないと判断された。「ありがとうございました」遺族から深々とお礼をされた。
だが、その想いを受け止められないほど、ぼくの心は穏やかではなかった。
疲れ切ったカラダで、着替えをすませて、帰宅準備をした。
喫煙所でたばこをすう、上司の姿がみえた。いつもより、すこし気まずかった。
「お疲れさまでした!」「お先に失礼します!」
『おう、お疲れさま』『刑事に感情は御法度だぞ』
「はい、すいませんでした!!」
上司に背を向けたときだった
「おい、ヤマザキ!」「はい!!!」
反射的に振りかえった瞬間
今まで見せたこともない、仏のような笑顔がみえた。時がとまった・・・いつも寡黙で、厳しい上司。(また怒らせてダメだ!)驚きと嬉しさで泣きそうになるのを必死で踏みとどまった。
『人を育てるために、たいせつなことはなにか』
その上司から教わったような気がした。
そのときの上司は、いつもより優しかった。
そして、誰よりもカッコよかった。